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フクシマから7年経った日本の原子力事情

2018年2月中旬に、2日間に渡りロンドンで開催された「Lush Summit 2018」。その初日に開催された パネルディスカッション「フクシマから7年: 日本の原子力事情」のために、日本からやってきた3つの団体の代表者6人がメインステージに上がり、真摯な声を世界に向けて発信しました。

「フクシマ」という言葉は、海外でも大きなインパクトを持っていますが、 震災から7年が経つ今では、情報は時折報道されるニュースやドキュメンタリーぐらい。一体、震災後、現地の状況や人の暮らしはどうなっているのか? イギリスでは、このところ観光目的で日本を訪問する人が急増。加えて、20年ぶりに国内に新設が計画されている原子力発電所問題もあり、関心は極めて高いと言えます。 現地の人のナマの声を聴くチャンスとして、たくさんの人たちがこのディスカッションに集まりました。

 

【目に見えない放射線の恐怖への対策】 

司会者からこのセッションの実施背景の説明があった後、最初にマイクを握ったのは、 「認定NPO法人いわき放射能市民測定室たらちね」の飯塚友理子さんです。

「放射能は目には見えません。でも感じるんです」

話は 震災の生々しい体験談から始まりました。 飯塚さんの暮らす福島県いわき市は、福島第一原発3号機の爆発後、放射能が流れこんだ場所です。

震災後、避難先の群馬県高崎市から一時帰宅したときのこと。

「ドアノブなど金属の部分を触るとビリリと静電気が走ります。家財道具などを車に積み込むなどの作業をしただけで、日焼けをしました。不気味なデキモノができたり、草が異様に成長したりするんです。」

こうして具体的に放射能の恐怖を体験するなか、母として子どもを少しでも被曝から守るにはどうしたらいいものかと考えた飯塚さんは、まずは放射線量を計測することから始めようと、仲間と一緒に「たらちね」を発足します。

「飲食物、掃除機で集めたホコリ、土壌などの放射線量を具体的に知ることで、目に見えない恐怖への対策を立てることができます。」

たらちねでは、市民が測定したいものを持ち込み、放射線量を測定しているほか、過去の測定したデータもホームページで公開しています。子ども達の甲状腺を定期検診や健康相談なども行なっています。

たらちねのもう一つの活動は、こうした環境で成長を余儀なくされる子ども達に、短い期間でも汚染のない自然環境で過ごして欲しいと、沖縄県の久米島の球美の里の保養施設で過ごす時間を与えていることです。

「震災から7年が経つ今、いわきの空間線量は東京とほぼ同じで、『もう大丈夫』ということになっています。でも、子ども達の尿中のセシウム量は、沖縄で過ごした後はグッと低くなるんです。行政に頼ってはいられません。母の本能で子ども達を守る、その想いで活動を続けています。」

その地道な草の根的活動が住民の心をつなぎ、震災地域の未来への指針になっていることが伝わってきました。

 

【震災後の汚染の状況を正しく認識してほしい】

続いて話をしてくれたのは、同じく放射線量を自主的に測定し、その情報を公開している「みんなのデータサイト」の石丸偉丈さんと平井有太さん。みんなのデータサイトは、東日本3400箇所で、一定の方法で土壌を採取し、その測定値を地図などによって可視化することを中心に活動しています。

活動を始めたきっかけは、国や自治体による測定は空間線量だけで、その基準も曖昧であることへの懸念だったと石丸さんは言います。

「放射線は風に乗って流れ、雨によって土壌に染み込んだことを考えれば、空間線量だけでは、その土地の線量はわかりません。また局地的なホットスポットもあるので丁寧な測定によって、より正確な安全対策を採ることができます。」

これらのデータは、自治体に除染を要請する際のバックアップにもなります。

「チェルノブイリでは 土壌線量と実効線量を元に算出し、年間1ミリシーベルト以上かつ平米あたり18万5千ベクレル以上ならば避難の権利があり、5ミリシーベルト以上は、移住の義務があり、国がその支援をすることが、通称『チェルノブイリ法』で定められています。一方、福島では年間20ミリシーベルト以下なら、健康の害はない、と汚染地区への帰還を進めているのが実情です。」

このコメントを聞いた会場からは、ショックの声が漏れました。平井さんは言います。

「福島のことは国外だけでなく、国内でも忘れられつつあります。オリンピックが来るんだから、そんな話はしてくれるな、という暗黙のプレッシャーも感じます。だからこそ、事実に向き合って、未来のためにもデータをしっかり取って残して行くことは重要だと感じています。今回、こうした機会を与えられ、海外でも震災後の汚染の状況に関する正しく認識が広がって欲しいと思います。」

チェルノブイリでも、最初から国や行政が補償に積極的だった訳ではありません。チェルノブイリ法が出来たのは、事故から5年後の事です。住人の声や草の根的な運動が国を動かしたことも、忘れてはならないでしょう。

 

【それでも中止にならない、原子力発電所建設計画】

原発事故後の実態が明らかになるなか、最後にマイクを握ったのは、山口県にある上関町を拠点に活動する「上関の自然を守る会」の高島さんでした。瀬戸内海にある「奇跡の海」と呼ばれる豊かな自然に囲まれた上関では、1982年から原子力発電所の建設計画と戦っています。長年、原発推進派と反対派の攻防が続くなか、2011年にいよいよ工事が始まろうという1週間前に東日本大震災、そして福島第一原発の事故が起こり、上関の原発建設は「奇跡的」に中止になっています。とはいえ、原発事故の惨状を身近に感じるなかでも、また建設再開しそうな状況が続いているのです。

漁場を失う地元住民への補償金、将来的な経済発展をチラつかされ、県知事を筆頭に、地元では実は原発建設賛成が多数派なのです。そんななか、高島さんは自然保護という立場から、長年辛抱強く反対を続けてきました。

「地元の賛成派の人たちに(仕事や補償金を奪う)人殺し、と言われたこともありました。ならば原発産業に頼らない自然を生かした町づくりを示さなければなりません。昨年はその拠点として、古民家を改築した学習施設兼宿泊施設『上関まるごと博物館』をオープンすることができました。」

ミーティングやセミナーをするスペースや上関の豊かな自然が体感できるギャラリースペースを設けた上関まるごと博物館は、ゲストハウスとして、世界中から多くの人を迎え入れる準備も整いました。

過去から譲り受けた「宝物」である、この素晴らしい自然を未来に残すこと、それが今を生きる私たちの務めだと、高島さんは話します。

「それが私たちのライフワークなんです。」

 

【原発より隣のオヤジがコワイ!?】

8年前に仕事を早期退職して上関に移住したという高島さん。 賛成派が80%という地区に暮らすのはガッツが要りそうです。

「ここでは、原発より隣のオヤジがコワイ、って言います。本音では反対でも、なかなかそれが言えないんですね。それもわかっているので、そんなに大変ではないですよ。町議会選挙にも落ちるとわかって出馬しましたが、私に投票してくれる漁師さんも出てきたり。特に福島のことをきっかけに状況は 変わってきました。 これまで工事が始まりそうになると、自然の力が何度もそれを妨げてくれたんです。だから、上関のこの美しい自然を世界に知ってもらうことが、原発の建設中止につながると信じて活動しています。」

今回、登壇した皆さんの話から、権力や「隣のオヤジ」に逆らいにくい、という日本の事情も見え隠れしました。そんななかでも様々のプレッシャーに屈せず、 もっと開かれた社会を作っていこう、という活動、そして信じているものの強靭さは、心動かされるものでした。

 「ロンドンに呼んでいただき、話を聞いてもらえるとは思ってもみなかったです」と、口を揃えたスピーカーの皆さん。今回お話された内容が世界各地に、そして逆輸入的に日本でもより多くの人に届けばと思います。間接的にせよ、こうした活動を支えているのは、「チャリティポット」を購入された方達であることも、心に止めておきたいものです。

ラッシュ フクシマから7年経った日本の原子力事情
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