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次世代へつなぐ道しるべを作る菜種油

2018年2月、ロンドンで開催されたLush Summitに登壇した一般社団法人南相馬農地再生協議会代表理事、杉内清繁さんは、自分が好きな詩として高村光太郎の「道程」を挙げ、真っ直ぐと曇りのない眼で、自分の今の現状と未来についての課題を会場の参加者に向けて語ってくれました。

僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
ああ、自然よ
父よ
僕を一人立ちさせた広大な父よ
僕から目を離さないで守る事をせよ
常に父の気魄を僕に充たせよ
この遠い道程のため
この遠い道程のため

「道程」 高村光太郎

 

2011年3月11日。

1000年に一度の大地震といわれる東日本大震災が発生し、それが引き金となり福島第一原発の事故が起きました。

震災前は7万人以上が暮らしていた福島県南相馬市は、原発事故を受け、市の一部が福島第一原発から20km圏内として避難区域に指定され、震災後に津波で流された家族や崩壊された家を後に離れなければいけない状況になりました。

震災前、南相馬で有機米を作る農家だった杉内さんは、震災後に栃木県下野市に一時避難をします。避難地から郷里である南相馬を眺めながら、これから汚染された南相馬の地をどうしていくかと、途方にくれ頭を悩ませていた時、栃木で有機農業を営む稲葉光圀先生からふるさとの再生につながるノウハウを教えてもらいながら、同じく土壌汚染で悩む栃木の人たちとともに、除染に向き合う避難生活を送っていました。

そして同じ頃、名古屋大学でチェルノブイリの農地再生に20年以上取り組んでいた河田昌東教授に出会い、杉内さんは仲間とともにチェルノブイリ事故後28年経過したウクライナ視察を決意しました。ウクライナでは、土壌が汚染されてしまった農地再生の取り組みとして、ウクライナで行なっている菜種栽培を視察しました。

ウクライナ視察後、自分たちの故郷をどうにか復活させていきたいという熱い思いを胸に杉内さんは南相馬に帰還します。ヒマワリ、大豆、菜種などの油脂植物には、土壌の放射性物質を吸収する能力があり、またセシウムは水溶性のため植物に含まれる水分に溶けているため、これらの種から搾油した油には放射性物質が移行しないという実証結果のもと、手探りの状態で種から菜種油作りを始めたのです。これが「南相馬 菜の花プロジェクト」です。菜種油のパッケージデザインと商品名は、菜種栽培に取り組んでいた相馬農業高校の生徒たちが考えてくれ、菜種油「油菜ちゃん」が誕生しました。

菜種は秋に植え、初夏に収穫します。そして4月から5月にかけて菜の花が咲きます。1ヘクタールから始まった菜種栽培も、今では作付面積が70ヘクタールになりました。今、南相馬では春になると黄金色の絨毯のようにあたり一面に菜の花が咲き誇り、先の見えない暗闇に希望の光を与えてくれています。

そして、菜種油を絞り出した後の残渣の有効的な利用についても、杉内さんは考えています。菜種油の絞りかすの中には少量のセシウムが含まれていますが、これをバイオガスにすることによりエネルギーとして再利用する計画です。大きな規模のものは難しいですが、自分たちの活動規模に合ったバイオガスプラント作りを技術者とともに取り組むことで、無駄のない循環型の自然環境をつくることができると信じ現在活動しています。

南相馬の未来のため、休むことなく挑み続ける杉内さんが懸念する課題は、次の世代のこと。

避難地から南相馬に戻ってくる人の中では高齢者が多い中、なたね油づくりの後継者、次の南相馬を創っていってくれる人材の確保ができていない状況にあります。こうした帰還者の子どもや孫にあたる若い世代は、避難先で定住し始めています大学などの教育機関がない地域社会環境の中で、高校卒業後の進路として南相馬を出てしまう若者が震災前から多かったそうです。そんな中、震災後の南相馬に戻ってくる確率は少ないのでは、と杉内さんは話します。

「土壌汚染が完全に除去されるのは30年後」と2011年の事故当初に言われていた中で、実際はもっと早い速度で汚染除去が進んでいます。30年後というと今生まれた子ども達が大人になり、次の社会の担い手になる年齢。南相馬は地域に根付いた若者が著しく少ない状況ではあるが、数十年先を見据え、土壌汚染がなくなった地域社会での市民活動が円滑に再開できるように、手助けのもとを今からつくっていきたいと杉内さんたちは、この菜種プロジェクトに取り組んでいます。

菜種油やその絞りかすから作られるバイオガスなど、自分たちのできる範囲で自然循環を作り出し、南相馬に住む人たちが心のゆとりをもてる生活環境のなか、その土地がもつ自然に負担のない形で、次世代につなぐ地域の再生活動が、今日の南相馬では行われています。

「自然の力は私たちが思っているよりも偉大。自然と向き合う視線を大事にしていきたい。」と杉内さんは語ります。

そうした中、去年南相馬で開催された全国各地の菜の花プロジェクト実施者が集う「全国菜の花サミット」では、地域特性を活かしたコンパクトでシンプルな資源循環型の社会づくりを目指して、震災後5年間で培った知恵を活かし、震災復興から地域社会の再生へ、そして次世代へ繋いでいくことを強く訴えました。

「新しい創造のできる地域の環境作りを行い、集まってくれる人と新しい取り組みにかかわってくことで、南相馬を被災地復興から次の世代に向けての再生、復活へ繋いでいきたい。」

「私はもう年金対象の年齢」と語る杉内さんの顔は、しっかりとした強い決意に満ちています。

「誰しも人は一個人として産まれて、誰もが自分で歩むしかない。多くの良い友達を作りながら自分の力で歩いていけるように考える毎日です。美しく咲き誇る菜の花の景色を見ながら、福島のふるさとを再生できる道をつなげていければ私は幸せです。」

そう語る杉内さんは、今もなお、道なき大地をまっすぐ見据えながら、道を作るべく新しい第一歩を歩み続けています。

つながるオモイ 油菜ちゃん
杉内さん 大根
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